菩薩の誓願

菩薩の誓願

 インドのブッダガヤは、釈尊成道の聖地として世界中の仏教徒の心の拠り所となっている。タルタン・トゥルク・リンポチェの呼びかけによって始まったブッダガヤ世界平和セレモニーは、今年で十一回目を向かえた。インド・ネパール各地にある数百もの亡命チベット寺院から代表のラマ僧約一万人、一般信仰者約三万人が、平和を祈る法要に結集する。また中国領チベットから命がけでヒマラヤを越えて参加している修行者は、年を重ねるほどに数が増している。かつてチベット仏教史においても行われることのなかった大結集が、このブッダの聖地で実現した。それは、多くの亡命チベット人や中国領チベット人の信仰と修行を励まし、またチベット仏教法脈の継承にとっての力強い助けとなっている。

 タルタン・トゥルク・リンポチェは、若き日に西洋に仏法を伝えるという「菩薩の誓願」を師ジャムヤン・キェンツェ・リンポチェと交わした。六九年その誓願を実現するために、一人米国カリフォルニアの地に渡った。その後、彼の地道な活動は、オディヤン寺院建設、チベット大蔵経・蔵外経典の開版、そしてニンマインスティチュート学院での子弟育成と、まさに手作りでアメリカに仏教の礎石を築き上げてきた。多くの学者、芸術家、若者たちが、仏教とは自らの心を見つめ、自らをコントロールすることのできる仏教心理学の理論と実践であると理解し、深く知識層の中に広まっている。

 タルタン・トゥルク・リンポチェは、社会の中で仏法を形に現してこそ、自我を乗り越えた菩薩としての価値があるのだと常々語っている。そして八九年、彼は現在も厳しい状況にあるチベット仏教の復興を願う新たな誓願を建てた。それは仏教徒がもう一度、ブッダの聖地であるブッダガヤの菩提樹の木の下に集まり、平和を祈るセレモニーを実現し、仏教の復興を願うものだった。

 「五九年に、私がチベットから亡命をしてブッダガヤに来た時、ブッダ成道のこの地で仏教史上数え切れないほどの修行者が悟りを得た、力強いエネルギーと無上の喜びを感じました。しかし一方で、ひどく破壊された仏舎利塔の姿に、悲しみを覚え複雑な思いをしました。私の師であるジャムヤン・キェンツェは、生前よくここを訪れて灯明を捧げ、読経し、祈り、瞑想をしていました。ブッダガヤ世界平和セレモニーの原点は、彼の深い三宝帰依の祈りと瞑想にあったと言えるでしょう。私たちはもう一度、各個人一人ひとりが仏弟子であることを確認し、それぞれが慈悲と智慧の菩提心を持ち寄ることで、平和を成し遂げられることを信じています」

 彼の菩薩の誓願は、チベット仏教全体に大きな希望とその実現をもたらした。九三年からはニンマ派だけでなく、チベット仏教各宗派の代表の理解を得て、ブッダの四大聖地での平和セレモニーが実現することになった。カギュ派、サキャ派は釈尊誕生の地ルンビーニで、ゲルク派は初転法輪の地サルナートで世界平和セレモニーを行っている。またブータンでも、国王の理解によって九六年から首都チンプーにおいて、世界平和セレモニーが始まった。

 常にダルマを心に保ち、正しい行為を行うことで、政治や思惑を越えた真の平和を日常生活の中で実現することができる。現代という五濁悪世の世の中には、人々の心の解放をもたらす仏法の灯火を守り伝えることが、一番の功徳であると信じている。 



中日新聞2000/5掲載
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