第九回ブッダガヤセレモニー

 近年、テレビや映画などでチベットに関する関心が高まっている。昨年「セブンイヤーズ・イン・チベット」という映画は若者の間でも話題になったことは記憶に新しい。とりわけチベット密教の複雑な儀式やマンダラなど、その神秘性に現代人の興味を集めている。しかし現在、チベット仏教が歴史の中でどのような立場に置かれ、世界中でどのような活動がなされているのかは余り報道されてはいない。私は15年ほど前よりチベット仏教を学んでいる縁から、私が見てきたチベット仏教の世界を「チベット仏教の今」と題して紹介してゆきたいと思う。

 私は9年前から毎年、釈尊成道の地インドのブッダガヤにおいてチベットのラマ僧たちによって営まれる世界平和を祈願する法要に、運営組織TNMCの代表の一人として参加している。今年も約1万人のラマ僧たちとインド、ネパールに住む亡命チベット人、そしてシッキム、ブータンから、また中国領チベットからヒマラヤを越え命がけで参加した3万人以上の一般信者らによって世界平和が祈願された。仏教史上「千僧供養」として尊ばれてきた法要が、チベットラマ僧タルタン・トゥルクの呼びかけによってブッダガヤ世界平和セレモニーとして1989年からチベット仏教復興運動として始まっているのだ。

 チベットは1959年、中国共産軍の侵略を受け、ダライラマ以下約10万人のチベット人がインドへの亡命を余儀なくさせられた。それ以後、インドのダラムサラには亡命政府が設立され、亡命チベット人はインド各地に設けられた難民居住地などで暮らしている。亡命チベット人にとっての住居や経済的問題など、亡命生活ゆえの何の保障も支援もない厳しい状況は、今も変わらない。

 私は、北インドから参加した老僧アチョ・ラマ(70才)とこの法要を通して交友を続けている。彼は東北チベットに生まれ、故ドゥムジョン・リンポチェの元で修行しラマとなった。彼もまた59年に中国共産軍の脅威を逃れインドに亡命し、以来北インドマナリ地方の山中に、小さな住まいをお寺として住んでいる。そして地域の亡命チベット人たちのために教えを説いたり法事を営んで、わずかなお布施によって生活してきた。彼はタルタン・トゥルクと同郷で古くからの友人でもあり、ブッダガヤセレモニー開催の知らせを聞き、第一回目から駆けつけた一人でもあった。亡命してインド中に散らばった昔の友人や知人とブッダガヤの土地で再会し、また彼らも各々の土地で仏法の灯火を守り続けていることに深い喜びを感じたという。 

 セレモニー運営組織では、全ての亡命チベット寺院や僧侶をリストアップし、食費、学習教材費、儀式費、寺院運営費などの経済的援助を続けている。また散逸する危機にある重要なチベット経典を復刻し、セレモニー参加者全員に配布している。一方、指導者のいない小さな寺院には、学僧を派遣して学習指導をする体制が整った。チベット史上、このような組織的な活動はなかったと聞いているが、今では亡命チベット仏教徒による相互援助制度が少しずつ浸透し始めている。

 セレモニーの一角には浄財テントが設けられ、各々が自分の気持ちを寄付しにやって来る。そこに腰の曲がったチベット人老婆が、大切そうに握りしめたしわくちゃの100ルピー札(約300円)を喜捨した。彼らにとっては大金であるが、そこには亡命チベット仏教復興の祈りが込められている。個々人のわずかなお布施は、約3万人のセレモニー参加者によって約合計300万ルピー以上(約1000万円)にものぼった。亡命チベット人自らの手で、仏法を互いに守り伝える力強い活動は、今やっと始まったばかりだ。

中日新聞1998/4掲載
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