仏国土ブータンの仏法

ブータンとネパール、二つの国の仏法の行方

 仏陀生誕の地ルンビーニを有するネパールは、古代から深く仏教と関わりを持つ国である。しかし今日、ネパールは2001年に前国王が殺害され、現ギャネンドラ国王が即位して以来、最も政治的不安定な状況に陥った。現在では、議会復活暫定政府樹立へと再び民主主義の道を歩み始めたが、今だ混乱の萌芽を宿している。

 かつてのネパールは国際観光都市をめざし、リゾート観光客や巡礼者など多くの外国人を迎えていた。特にインドの喧騒に疲れた旅人達を暖かく迎え、日本人と風貌も性格もよく似た温厚なネパール人は親しみある民族である。前国王はヒンドゥ教のビシュヌ神の化身として、国民から広く慕われていた。また亡命チベット人に対しては、各地にチベット寺院の建設を認め手厚い保護を与えたので、ボーダナートに見られるようなチベット人による活発な地域が自然発生的に何カ所も形成されてきた。

 しかし90年代中頃以来、共産党毛沢東主義反政府組織による交戦、爆弾事件、誘拐事件が多発し、現在では、ネパールはアジアで最も危険な地域の一つになってしまった。このような共産主義者による不安定な政治や治安下に、かつて中国共産党に追われネパールに亡命した多くのチベットラマ僧達も強い危機感に怯えている。

 今年のインドブッダガヤ世界平和セレモニーの公式参加を終えた私達巡礼者の一行は、治安が悪化するネパールに対し外務省が渡航注意勧告を発したため訪れることができず、隣国ブータンの聖地を巡礼することになった。

 ブータンは、六世紀にチベットへ仏教が伝えられた同じチベット仏教圏に位置し、現在に至るまで仏教国家として繁栄してきた。ブータンは、GDP(国内総生産)世界最下位の国ではあるが、国の政策方針としてGHP(幸せ満足度)世界一を目差している。何よりも国王自身が仏教徒としてブータン仏教最高位の師ジェ・ケンポ法王に学び、その菩薩の精神によって国を治め、国民に慕われている。食糧自給率100%、教育費医療費は無料。民族衣装の義務化に象徴されるように文化的鎖国政策を進める一方で、英語を公用語として国際社会への関わりを重視し、自然環境を保護し国際的な観光立国を国策としている。人口約七十万人ほどの小さな国が世界に対し民族の誇りを示すその哲学こそが、仏教精神による徳治政治に他ならない。

 私達は、ブータン最大の聖地タクツァン寺院を訪れた。そこは伝説によると、密教の祖師パドマサムバヴァが虎に乗って断崖に降り立ち、魔を調伏したという聖地である。世界が宗教戦争の渦に巻き込まれてゆく現在、私達は心の中にある「好戦」という魔を祓うために深く祈った。ブッダガヤで今に生きるチベット仏教に触れ、またチベット僧達の平和への祈りを肌で感じ、人々の心の中に生まれる平和への誓願こそが、地域や社会また国を支える重要な哲学であると、私達は巡礼を重ねてゆく中で理解を深めていった。

 巡礼の最後に、私達はブータンのパロという街の郊外にある最古の寺院、キチェラカンを訪ねた。そこは、私の師タルタン・トゥルクの法兄である故ディルゴ・キェンツェ・リンポチェ師の仏塔が納められている寺である。私は91年新春にブッダガヤへ巡礼した時、老齢の師より直接瞑想指導を受ける貴重な機会を得た。師は、自らの心の本質の瞑想を深めること、菩薩の誓願を行じ続けることの重要性を私への訓戒として強調されたことを、今も深く心に刻んでいる。その秋、師はブータンのこの寺で遷化された。私は亡き師の仏塔を拝し、涙が溢れ出た。

 十三世紀、インド仏教はイスラムの侵略によって完全に滅亡した。現在、チベット仏教は亡命という運命の中に危機的な状況に直面している。そして今、ネパールでは政治的混乱の中に精神文化が脅かされている。今という仏教の歴史の一断面を体験する時、仏教国ブータンの姿は、21世紀の平和へのモデルが示されているかのように感じられた。一人一人の心の中に平安を求める精神こそが仏陀の道ならば、今、私達は最も重要な世界の方向を仏陀の足跡に学ぶべきであろう。 


中日新聞2006/5掲載
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