ダライ・ラマ転生制度は終わるのか 中国政府とチベット亡命政府、駆け引きの行方 14/9/24

ダライ・ラマ転生制度は終わるのか
中国政府とチベット亡命政府、駆け引きの行方
 ドイツ紙によると、チベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマ14世(79)がチベット仏教の転生制度を廃止する意向だそうだ。これに対して、中国政府は「チベット仏教の転生制度の管理と決定権は中国政府側にある」などと反発をあらわにしていた。

 一方で、ダライ・ラマ14世は「習近平は胡錦濤より開放的」と現政権をポジティブに評価している。とき同じくして、ダライ・ラマ14世が中国の仏教聖地・五台山に巡礼することを中国政府が内々に承諾していると、米国の華字ニュースサイト・博訊が伝えた。だが中国国内のチベット地域では今なお、現政権の宗教政策・民族政策に抵抗する焼身自殺が続いており2009年以来9月17日までに累計131人にのぼる。その状況で、中国とチベット亡命政府の間に妥協点を見いだせるのか。現時点での情報を整理しておきたい。

自分が最後のダライ・ラマになる可能性を示唆

 フランス国際放送RFI中国語版などによると、ダライ・ラマ14世は8月下旬にドイツを訪問、ドイツのチベット協会設立35周年記念イベントなどに参加し、講演を行った。この講演では、チベット仏教の伝統は個人にのみ受け継がれていくのではなく、博学な僧侶が学者らによって、すでにシステム化されている、と語ったという。

 ドイツ紙ウェルトのインタビューでは、中国については、民主化の方向に行かなければならない、そうしないと孤立化の道をいくことになる、との認識を示した。また習近平国家主席の反腐敗について、相当勇気があると評価し、中国が国際社会と方向性を一致させ、人権を尊重し、法治と報道の自由など普遍的価値観を共有するようになることへの期待を示した。ダライ・ラマの転生問題については、かつてダライ・ラマ14世は「転生する場合は海外のチベット人に転生するのであって、中国国内においてではない」といったことがあった。ウェルト紙によれば、自分が最後のダライ・ラマになる可能性も示唆したという。この発言は世界を驚かせ、特に中国は強い反発を示した。

 外交部報道官は「ダライ・ラマ14世は目下、人に言えない政治動機によって歴史の否定・歪曲を企み、チベット仏教の正常な秩序を大きく破壊しようとしている。中央政府とチベット伝統仏教人士および広大な信者群衆はこれを認めることはない」と、批判した。

 党報・人民日報傘下の大衆紙・環球時報は、中国チベット研究センターの廉湘民研究員の言葉を紹介する形で、「ダライ(ラマ)14世は歴代ダライの一人にすぎず、彼にはすでにダライの転生制度を決定する権力はないし、制度の未来を決定する権利もない」と報じた。さらに「彼のあらゆる行動はチベット問題の国際化といった妄想を周囲に浸透させるためで、そのために宣伝がダライの最大の資本でもある。しかし長期にわたる彼の減らず口に、国際社会は疲れてきた。このためダライは絶え間なく、注目を浴び続けなくてはならない。最近は、外国を訪問してもしばしば壁にぶち当たり、こうしたけれんみのある手管を弄してしまうのは、彼の口先だけでは、もう国際社会の人々を引きつけなくなってきていることの表れであろう」と分析した。

中国は「14世に転生制度を終わらせる権利はない」

 また社会科学院民族学・人類研究所の秦永章研究員は「ダライに転生制度を終わらせる権利はない」という論評を発表した。

 「活仏転生制度はチベット仏教特有の宗教制度で、中でも、チベット仏教最大の活仏の系統であるダライ転生はすでに500年の歴史を持つ。この長期の歴史の過程で、完璧にして厳格な宗教儀式を形成してきた。その核心は、霊童探し、金瓶掣籤制度(金瓶とくじによる選定法)、そして中央政府による冊封である」

 「(転生制度の)監督管理と最終決定権は中央政府の手に移譲され、中央政府がこの問題において最高権威であることが確立されている。ダライ・ラマ14世が一旦入寂すれば、中央政府がチベット伝統仏教の儀式と歴史が決めた方法を尊重して、中国国内で新しいダライ・ラマを確定するのである」

 「ダライ・ラマおよびその分裂集団は、この結果をみたくないため、最近はダライ・ラマ転生について奇奇怪怪な論を弄している。転生はあるとか、転生制度を終わらせるとか、投票選挙で選ぶとか、女性にも転生が可能だとか、転生方式を変えるだとか、わざと中央政府に難題を吹きかける」

 「また、最近はチベット問題が国際社会で関心がもたれなくなり、すでに晩年を迎えたダライ・ラマ自身、亡命政府の未来に焦慮を感じているので、転生問題で話題を盛り上げて、国際社会にチベット問題を忘れさせないようにしているのだ」

 いまさらの説明だが、チベット仏教では、仏の化身が僧侶の身に転生すると信じられており、その最上位が、観音菩薩の化身と言われているダライ・ラマである。ダライ・ラマに次ぐのが阿弥陀如来の化身のパンチェン・ラマだ。化身ラマが没すると、高僧たちが予言や吉兆などを頼りに、転生予定の地方にいき、転生した子供(転生霊童)の候補を探し出す。そして高層らによって候補者が本当に転生者かどうか、調査し、一人の転生者を見つけ出していくという。

高僧らが見つけだすチベット、くじ引きの中国

 ダライ・ラマ14世もダライ・ラマ13世が死後に転生したとされる。その転生霊童の見つけ方については、ダライ・ラマ法王事務所のホームページなどに詳しくある。ダライ・ラマ13世の遺体の顔の向きが勝手に変わったり、聖なる湖ラモイ・ラツォ湖の上に文字や形が風景が浮かんだりして、その居場所を示したという。そうしてアムド地方(現青海省)の普通の農村の子供として生まれたダライ・ラマ14世は、3歳のころ、転生霊童捜索隊によって見いだされ、さまざまな調査の結果、ダライ・ラマ13世の転生者と認定されたという。調査というのは、13世の遺品と、その偽物を並べたときにどちらを手に取るか、どう扱うかを観察するのだが、ダライ・ラマ14世は本物の方を迷わず手にとったとか。こうして発見された霊童は、博学の僧侶たちによって宗教指導者、政治指導者としての英才教育を受けて成長する。

 ちなみに中国学者らが指摘する金瓶掣籤とは、清の乾隆帝がグルカ戦争(清朝が介入したチベット・ネパール間の戦争)の戦後処理として導入した制度で、北京から送られた金の瓶に霊童候補の名前などを書いた籤を入れて、高僧が釈迦如来の前で祈祷してその籤を引いて真の霊童を選び出す仕組み。中国側にとっては、転生者選びに清朝(中国)が介入したことを示す根拠であり、中国政府が認定するパンチェン・ラマ11世(本名ギェンツェン・ノルブ)を選びだした方法も金瓶掣籤だった。だが、このくじ引きは、神秘とはあまり関係なく、最初からギェンツェン・ノルブを選べるよう籤を少し高くしておくなどのからくりがあったと、この儀式に立ち会った高僧が亡命後に証言している。

 ご存じのように、パンチェン・ラマ11世は2人いる。中国政府がノルブ少年を認定する以前に、ダライ・ラマ14世と亡命政府がゲンドゥン・チューキ・ニマ少年を真の転生者として発表した。中国政府はこれを承認せず、新たに探し出したノルブ少年を強引にパンチェン・ラマ11世とすると同時に、当時6歳だったニマ少年を拉致。その行方はいまだわからない。

 2007年にラサとシガツェを訪れた際に、市民に話を聞いた際には、中国政府が選んだ現パンチェン・ラマ11世については「ニセモノ」と認識する人が多かったように思う。

共産党の主義を曲げても15世が欲しい

 ウェルト紙の報道は、亡命政府側から断章取義で、ダライ・ラマ14世の真意をうまく伝えていない、という批判もあるが、興味深いのは、迷信を批判し、神秘宗教を邪教と弾圧してきた共産党政府が、チベット仏教に関してはやたら伝統や宗教秩序を強調することだ。転生制度は優秀な児童を身分や血筋に関係なく選び英才教育を施して指導者として育て上げるという意味では、なかなか公平で合理的な制度であるが、その選別のやり方の神秘性を見れば、これはどう考えても唯物論を基礎とする共産主義とはあいいれない。

 それとも中国政府の転生者選びのくじ引きは、神秘でもなくカラクリであり、本当は転生など信じていないからか。だが、そんなカラクリで選ばれた活仏など宗教的権威が持てるわけがない。中国のチベット域内では2007年からチベット仏教活仏転生管理弁法が施行され、活仏転生は政府の認可が必要になった。こういった政府の宗教管理がきつくなったことが09年から断続的に続く各地の僧侶・尼僧・信者らの焼身自殺の連鎖の原因だと言われている。

 今のチベットでは出家しても愛国主義教育と共産党への忠誠を学ぶことが義務化され、伝統的チベット仏教の知識・思想を学ぶ機会を削られているという。国内のチベット仏教の伝統を破壊し、都合よく管理している中国政府が、この後に及んでダライ・ラマの宗教的伝統にこだわるのは、これまでのチベット政策があきらかに失敗で、その結果に手を焼いているということではないだろうか。ダライ・ラマ14世没後もうまくチベット地域を統治するには、自分たちが勝手にくじ引きで選んだ人物ではなくて、どうしても14世の転生者という神秘性を備えたダライ・ラマ15世が必要だということかもしれない。

 あと奇異に感じるのは、ダライ・ラマ14世の習近平政権に対する意外にポジティブな評価である。焼身自殺問題は習近平政権になって悪化しているし、傍目から見ても習近平政権の宗教管理強化はあまくない。なのに、なぜだろう。

 ここで、突如浮上するのが、ダライ・ラマ14世の五台山巡礼の可能性という博訊の報道(9月16日)だ。五台山は山西省五台県に位置する霊山で、漢族仏教とチベット仏教の唯一共通の聖地。ダライ・ラマ14世自身、五台山巡礼の希望はかねてから口にしていた。過去数か月の間、中国当局とダライ・ラマ14世の特使が東南アジアで頻繁に接触し、中国側が承諾して、すでに日程のすり合わせに入っているという。五台山巡礼を機に、チベット自治区への帰国が許される可能性も噂されている。この情報の傍証としてダライ・ラマ14世が、帰国の可能性について9月2日にメディアに対し「かなり高い」と楽観を示していることを上げている。信じるか信じないかは別として、可能性としては興味深い。

14世、余命を賭けて最後の駆け引きに挑む

 これが事実と仮定するなら、ダライ・ラマ14世はその余命を自覚しながら、最後の駆け引きに出たのではないか、という想像も働く。交渉カードの一つは、ダライ・ラマ14世の転生ではないか。少なくとも今回の報道(それが独紙の断章主義であっても)で、中国の反応をみれば、中国がいかにダライ・ラマ14世の転生者を欲しているかわかる。

 チベットの状況をみれば、焼身自殺の抗議は続いているものの、動乱にまでいかないのは、スピリチャルリーダーたるダライ・ラマ14世が中道対話路線を説いているからだ。では、その没後、歯止めをかける者がいなくなれば、中国のチベット域内はどうなるのだろうか。中国政府の選んだパンチェン・ラマ11世に、チベットの人々を統べるカリスマがあるだろうか。

 中国にとってはチベット域内を安定して治めるためにもダライ・ラマ14世の転生者を中国国内に欲しい。だが、ダライ・ラマ14世が生前に、絶対転生しない、と断言してしまえば、いかに中国政府が神秘的なやり方で転生者を選んだとしても、誰も信じまい。逆にダライ・ラマ14世が帰国し、入寂をチベット域内で迎えればどうだろう。それこそ習近平政権は開放的な政権だと国際的にも評価され、ひょっとするとノーベル平和賞ぐらい受賞できるかもしれない。しかも、14世の転生者を国内に望むことができれば、それは中国のチベット統治の新しい時代を迎えることになるだろう。もちろん、中国側はそこで、チベット域内の宗教的自由やチベットの人々による自治をどのぐらい認めるかが鍵になるのだろうが。

 法王事務所のホームページでは、「前生がやり残した仕事を邪魔したり破壊したりするために生まれ変わる転生者はいない。もし、転生者がやり残した仕事を継承できない国に生まれたら、転生者として生まれ変わる意味がない。つまり、私の転生者を必要とするかどうかを最終判断する権利は、チベット国民にある」と67歳の時のダライ・ラマ14世の発言を紹介している。

 チベットの人々はダライ・ラマ15世を望むのだろうか。


■変更履歴
5ページ第1段落、五台山の正しい所在地は山西省五台県でした。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2014/09/24 09:30]

http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20140923/271608/?P=5&nextArw
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。